IT業界で気づいたことをこっそり書くブログ

くすぶってるアプリエンジニアが、日々気づいたことを適当に綴っていきます(受託→ベンチャー→フリー→大企業→ベンチャー→法人化(今年))

不安や劣等感と向き合う方法(エンジニア以外でも使える)

何だか最近「凡人」とか「劣等感」のようなワードを見かけたので、個人的な不安との向き合い方を理屈っぽく書きたいと思います。
珍しく自己啓発っぽい話。

エンジニアの劣等感との付き合い方 - Qiita

【JTF2020】凡人エンジニアの生存戦略 - Speaker Deck

 

 

仕事は日々不安や劣等感との戦い

仕事は、というか人生は全部不安や劣等感にまみれていますよね。
私は過去いろんな不得意なことを克服してきましたが、努力して克服する毎にそれより遥かにデキる人の存在が見えてきた憂鬱になりました。
どうやら私の脳は「誰かよりどれだけ劣っているか」でしか自己を評価しないらしく、どこまで成長しても無限に劣等感を抱くようです。
よくある自己啓発的な話ではそういう考え方をやめろとか言いますが、やめられたらこんな苦労してないんですよね。

仕事は人生にかなり直結します。ちゃんと成長できるのか、出世できるのか、続けていけるのか、稼げるのか、ほとんどの人が不安になります。それに大抵1番デキる人が目立つので、どうしても自分と比較してしまいます。

 

現状はどうしようもない

例えば今100人中100位だとしたら、それは正しく認識する必要があると思います。
それが90位でも、50位でも、2位でも、1位でも、良い悪いではなくそれそのものを丸ごと受け入れなければなりません。

取りうる選択肢の中に「現実を変える」とか「見て見ぬ振りをする」とか「考え方を変える」というものもあると思います。そういうのをオススメする人もいます。「気にすることないよ」と言う友人も居ると思います。
でも個人的にはオススメしません。その選択肢は次の行動に繋がりません。

 

行動できると安心する

不安とストレスばっかりの人生で発見したことですが、どうやら私は目標に向かって何か行動ができると少しだけ安心できるようです。
これは多くの人がそうではないでしょうか?
行動すると未来が変わる可能性が一ミリくらいは感じられます。それが不安を少しだけ減らしてくれるわけです。

 

そうじゃない人もいる

もちろん、そうじゃない人もいると思います。
おそらくこれは私が先々のことを予測して、その未来の感情を前借りしてくるタイプだからです。それとは反対に、起きたことにだけ感情を揺さぶられる人もいます。
例えば旅行するときに前々からワクワクしたり不安になるタイプは前者。行くまでは何とも思わず行ってからちゃんと感動するタイプは後者じゃないかなと思います。

たぶんですが、前者より後者のほうが性格が明るい印象です。楽観的というか、出たとこ勝負というか。

この話は前者に対してです(後者はそもそも不安にならないのでは。ドツボに入ると戻ってこれなさそうですが)

 

現状把握+計画+行動→安心

要は「努力って慰めになるよ」という話です。
気をつけたいのは「努力しようと計画まで立てたけどやらなかった」というパターン。これは余計に自尊心が傷つくので、計画までしたら自分のためにわずかでもやりましょう。

 

計画→ゴール設定→行動→計測→ピボット

細かい話ですが、一塊の行動=計画に一旦ゴールを設定しましょう。
そして、行動に対する計測を行います。
ゴール達成後に、効果があったか検討して、ピボットします。

 

例えば

不安材料:技術力が劣っていると思う
計画:技術記事を書く
ゴール:とりあえず100記事書く 
計測:記事数

もしこれが事業であれば、行動する毎に不安材料に効果があったか検討するべきかもしれません。
でもそれは毎日のように不安材料を直視することになります。こういうタイプの大きな不安は長期的なものなので直ぐに効果はでないはずです。効果があまりみられないものに対して長期間向き合うと精神がおかしくなります。効果検証するためにある程度の量の努力期間が必要です。

 

だから、ゴールを設定してそれが達成したときにだけ、果たしてこの計画・行動は正しいのかと考えるわけです。

 

ピボット時にあり得るパターン

  • 効果があった
  • 効果がなかった
  • よくわからない
  • そもそもちゃんと行動ができていない

ちゃんとできていない、精度の問題ややり方の問題があるかもしれません。そしたら少しずつ軌道修正していきましょう。

徐々に努力が作業的になってきて不安が減ります。

 

努力の成果が出たら劣等や不安感は減るか?

減りません。
間違わないでください。私のようなタイプの性格の人は無限に劣等感を覚えます。
100人中100位でも、50位でも、2位でも、たぶん1位でも劣等感を覚えます。
だから行動するという選択肢しかないんです。

変えられるなら性格を変えたい。

 

常に不安材料を直視させられるパターン

この方法は本当にヤバいときとか、凹んだときにやるんですが、少なくない確率で不安材料から目を背けようとしてもまざまざと見せつけられることがあります。
この時は少し注意が必要です。
努力しても何も状況が変わっていないことにすぐに気づいてしまいますから。倍速で病みます。

できれば逃げたほうが良いと思います。
逃げられるならですけど。

 

行動アイディアが出ないパターン

これもしんどいですよね。
変なものに手を出してしまったり。

ワンチャンすらない無理ゲーな不安材料に対してはどう足掻いても絶望なので、アイディアが出ても自分に言い訳するような形の努力になりがちですよね。
ゲームに例えるなら、あまりにも強い敵に勝てなくて、あまり効果のないスキルをとりあえず伸ばして見るみたいな。でもそういうのって別の敵には効果あるかもしれないから無意味ではないんですけどね。っていう考えがそもそも慰めでしかないですよね。

行動できないパターン

行動が塞がれるパターンもあります。
詰んでる状態。
これも苦しい、個人的には一番病むかも。

 

選択肢はあるけどその行動が自分にとって超ストレスというパターンもありますよね。
人前が苦手な人が登壇とか。

 

「ストイックですね」「上昇志向が強いですね」「真面目ですね」

とか言われるかもしれませんが、そう言われると自分が不安から逃げるように努力してるのが自覚できてしまうので、ちょっと辛いです(さすがにそんな人少ない?)
何かガムシャラにやってる人を周囲は評価しがちですが、本人は精神的にギリギリであるケースがあると思うので、個人的にはあまり良いものだと思えません。
例えばダイエットとか、筋トレとか、良いんですけど、自然ありのままを受け入れてる人の方が安定してそうですよね。自己肯定感が高いと言うか。

 

おわりに

仕事以外も含めて書きましたが、仕事については結構この方法を取ってれば良いところまでは行ける気がします。
ただ、努力中毒になってワーカーホリックになりがちなのでそれは注意してください(私のことです)

 

関連

otihateten.hatenablog.com

コロナ再自粛に備えようという話(2020/7/23)

※素人の意見です

 

都内の感染者数がついに300人の大台に!!!!!!!!!

 

みたいな報道にそろそろ世間が飽きてきてる頃かと思いますがいかがお過ごしでしょうか。
最初の世間のコロナショックの時(4月前後)は、未知の病気に対する恐怖と海外の流行っぷりに戦々恐々としたと思います。その熱湯が喉元過ぎ、どうやら日本人の多くにとっては対岸の火事っぽいなという雰囲気になってからは、もはやコロナもどこ吹く風と言う感じで、一部の業界が苦しむ以外は平穏を取り戻したかのように見えます。

 

 

指数関数的に増えていく陽性者数

しかし、PCR検査陽性数のグラフを眺めてみると、ちょっとマズイなというのが感覚的に見えてくるんじゃないでしょうか。

 

toyokeizai.net

 

f:id:otihateten3510:20200723212326p:plain

東洋経済 新型コロナウイルス国内感染の状況 検査陽性者数

うわあキレイな指数関数だ。

 

検査数が増えているだけ?

このまま行くとマズイのでは?
と思わせるグラフですが、実は検査数が増えているだけという指摘もあります。

 

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東洋経済 新型コロナウイルス国内感染の状況 検査数

 

また、重傷者数や死亡者数はかなり減ってきています。
これは感染者に若者が多いからだそうです。おそらく重篤化しやすい60代以降はきちんと自粛を続けているのでしょうね?(予想です)

 

じゃあ安心じゃん、とはならないっぽい

検査陽性率もジワジワ上がっているようです。
検査数も増えていますが、感染率もジワジワ上がっている模様。

 

stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp

 

f:id:otihateten3510:20200723212951p:plain

東京都 新型コロナウイルス感染症対策サイトより

そもそも国民が絶対視するのはあくまで陽性者数ですよね。
検査が増えてるだけだから大丈夫!っていうのは、一旦言い訳として使われそうですけど無理がある理屈です。 

 

順調に伸びていったら

このままジワジワ指数関数的に上がっていったらどういう伸び方をするでしょうか?
単純な二次関数で近似すればこんな具合に成りました。何次関数になるのかは不明ですが(そもそもPCR検査数に依存しちゃうし)

 

f:id:otihateten3510:20200723213158p:plain

 

(※参考:アメリカは現在1日に約70000人の陽性者数が出ています、人口比を考えると日本において28000人程度)

 

来週か再来週に「全国で1日1000人突破」で一旦メディアが大騒ぎするのは確定だと思います。
それから順調に伸びていけば、再自粛か!?という話になると思います。
でも政府、専門家、世論の意見は割れるのではないでしょうか。死者数が増えていないとか、注視するとか、経済がとか、なんやかんやで。

次に意見が「再自粛するべき」にまとまるのは、我々国民にとって対岸の火事じゃなくなった時ではないかと予想します。

 

対岸の火事じゃなくなり再自粛へ??

もし順調に陽性者数が増えていった場合、9月頃には1ヶ月あたりの感染者率が0.1%を超えるくらいまでいくのではないでしょうか。まだわかりませんけど(淡い期待)

 

f:id:otihateten3510:20200723213610p:plain

 

そうなると、知り合いの知り合いあたりに陽性者が出ることになります。メディアの中の話が、より近くで起こるわけです。
2週間のタイムラグがありますから、知り合いの知り合いに1人出たら、その後どう足掻いても立て続けに1人2人また出るでしょう。知り合いからも出るかもしれません。

まあそうなったら、世論が再自粛へ傾きますよね。政府は嫌がるでしょうけど。

 

感染リスクよりも再自粛リスク

1か月あたりの感染リスクが1%未満であれば、それでも確率的には多くの人にとって対岸の火事でしょうが、再自粛となれば全員に関係してきます。(ちなみにアメリカは1か月あたりの感染リスクが6%、もうご近所に居るレベル。こわい)

一定期間、自粛すれば沈静化するというのが日本人の中に成功体験としてありますから、年内に再自粛への流れはほぼ確実なのでは?と今の所考えています。

 

秋か冬に、2週間〜2か月くらいの再自粛があると思って今のうちに準備しておきたいですね。
(その分夏は遊んでおくべきかも?と言いたいけど顰蹙買いそう)

 

※素人の意見です

 

追記:7割自粛(2020/07/26)

 

だそうです。

news.yahoo.co.jp

 

追記:1000人突破(2020/07/29)

 

ですよね。

 

www3.nhk.or.jp

 

時短フリーランスでエンジニア転向はたぶん無理

プログラミング学習がブームになりつつあります。
そしてエンジニアは結構儲かります。
となると他業界からエンジニアになろうというという人が結構出てくると思います。

 

その際、どうスタートを切るかですが

前の業界の仕事をしつつ週3くらいでエンジニアをして成長していく

というプランはたぶん破綻すると思います。

 

 

もっと具体的に条件を絞り込む

正社員になる → うまくいく可能性あり

派遣で常駐 → うまくいく可能性あり

フリーランスで常駐 → ちょっと難しい

時短フリーランスで常駐 → 難しい

時短フリーランスでリモート → かなり難しい

 

上手く行かない理由

  • 勉強量、経験量が圧倒的に足りない(慣れるまで5000時間以上必要)
  • 育成してくれない(成長効率の差)
  • フリーランスだと求められるスキルレベルが高くなる → 仕事が見つからない
  • リモートだと頼れる人が居ない
  • リモートだと過程ではなく結果が求められる

 

成長するために必要な要素

  • ステップアップするために丁度いいレベル感の仕事
  • 上級者の書いた実装が見れる環境
  • 質問できる人、頼れる人
  • 時間

 

上手くいってる人居るよ、俺知ってる

それかなり凄い人なので参考にしないでください。

 

さすがにいきなり週5で仕事するのはキツイ

わかります。
基本詰んでます。

 

どうしても週3くらいで成長したい

師匠見つけてください。
こっちのほうが難しい説ありますけど。

 

otihateten.hatenablog.com

 

おわりに

最近、某社のエージェントと話してて気づきました。
プログラミングスクール終わってからいきなりフリーランスになって上手く成長できてる人、ほぼ居なくね??って。時短なら尚更で、リモートは更に尚更です。

 

もしリモートフリーランスになりたいと思っても、丸2,3年くらいはどこかの会社で修行が必要になると思います。
時短で雇ってくれるところは少ないでしょうから、自ずと前の仕事はできなくなってしまいますよね。しかもポテンシャル採用されなきゃいけないし。最初は超薄給だろうし。結構厳しいです。
30歳超えてからエンジニア転向する人が少ないのはこれが理由かもしれないですね。

新人エンジニアを育てるメリットと難しさ

最近エンジニアの新人を真剣に育てているのですが、メリットと、現実的な難しさをまとめます。

 

 

メリット 

曖昧な知識を明確にするきっかけになる

よく言われることですが、知識を断定できるくらいに鮮明にしておかなければ教えるのが難しいです。
そのため基礎的なことについて改めて調べるきっかけになり、自己の成長に繋がります。

 

よりリーダブルなコードが書けるようになる

新人エンジニアがハマりがち、間違えガチな部分がわかってくるので、はまらないような優しいコードを書けるようになるでしょう。
あるいははまりそうな部分を隠蔽したり切り分けるという動機にもなります。

 

指示出し、タスク管理の訓練になる

世の中一般的には、ある程度の経験を積んだら管理職やマネジメントを覚えないと出世できないと言われることが多いと思いますが、エンジニアは幸か不幸かそういう立場に成らずともそれなりにお給料がもらえてしまいます。フリーランスなら尚更です。

見方を変えれば指示を出したりマネジメントしたりという訓練の機会に非常に乏しく、孤立しがちでもあります。そういった人がマネジメントの訓練の導入に新人育成をするのは丁度いいと思います。

 

営業の訓練にもなる

新人をちゃんと育てようとすると、適切な仕事を与えなければなりません。
いきなり難しい、一般的ではない仕事を振っても、うまくステップアップできないというのは誰しも経験があると思います。

なので丁度いい塩梅の難易度の仕事がどうしても必要なのですが、それをうまく用意するというのは中々難しいです。
それで私は仕事をいくつか取ってきたのですが、かなり苦戦したもののいい経験になったと思います。

 

楽しい

正直楽しい。
年取ると、教えるのが楽しくなるのかもしれません。
たしか50代くらいがピークらしいですよ。教えたくてたまらなくなるとか。

特に私は学生時代も後輩とか禄に居なかったし、新卒は失敗し中途でやってきたのでそう言う機会に恵まれませんでした。

 

しかし、綺麗事では片付かない新人育成の現実

以上が良い面です。
しかしその分大きなコストが掛かります。

 

もちろん育成の程度に依りますよね。
まず育成のレベルを作ってみましょう。

 

育成レベル

リーダーシップ理論を参考に考えました。

https://leadershipinsight.jp/explandict/sl%E7%90%86%E8%AB%96%E3%80%80situational-leadership-theory

 

1.アドバイザー ・・・ 委任的

その人の進むべき道や、やるべきことについてアドバイスする程度。
例:会社の同僚

 

2.メンター ・・・ 参加的

困ったことが生じた場合に質問を受け、時には一緒に解決に当たる程度。
例:会社の世話役の先輩

 

3.教師 ・・・ 説得的、教示的

一から物事について教え、課題を出す程度。
例:プログラミングスクール

 

4.コーチ

その人の適性まで観察し、指導する程度。
例:家庭教師

 

5.師匠

1〜4まで行った上で、必要ならば設備や仕事や課題を適切に用意する程度。
例:昔の親方制度

 

私が最近やってるのは4〜5です。
通常育成と言えば1〜2だと思います。

近年のエンジニア育成事情

情けは人の為ならずという言葉がありますが、大抵は育成はあくまで教える側のメリットと捉えて行動するはずです。しかしそうなると、掛けられるコストに限界が出てきます。期待できる見返りに相応するだけの手間しか掛けられないわけです。


上で示したメリットの一覧を考えると、割に合うのはぶっちゃけアドバイザー止まりです。もう少し踏み込んだとしてメンターで、これは同じ会社に属する者だからとか会社の利益になるからいう理由で行われるでしょう。
教師レベルになると、お金を取るようになります。プログラミングスクールが成立するわけです。ここまでくると掛けるコストも月15時間以上になってくるでしょう。

 

昔はコーチや師匠というものが存在しました。しかしそれは職業選択の自由が少なく、いずれ自分の利益になるだろうという投資だったわけです。あるいは丁稚奉公みたいな雑用をやらせることでコストを回収していたのかもしれません。

 

現代においては職業選択の自由がありますから、コストを掛けても回収が難しいのです。だから会社も新人育成に対して力を入れていません。成長したら転職してしまいますから。

育成という名のふるい落とし

現代のエンジニア界隈はアドバイザー、メンター、教師を利用しつつ、あとは自力で乗り越えられるエリートしか生き残れないのが現状です。
これは育成ではありますが、同時にふるい落としでもあります。

 

近年始まったプログラミング教育も、あくまで「教師」までの育成レベルになりますので、ふるい落としという面が大きくなると思います。まあ他の教科だってそうですから何の違和感もないのですが、これまでと何かが変わるとは思えないですね。

 

コーチ・師匠は確実にコストがメリットを上回る

もしふるい落としではなく、きちんと育成したいと思ったらコーチか師匠という動きになると思いますが、この行為は明らかにコストがメリットを上回るので注意が必要です。というかほぼ破綻すると思います。

 

まず見返りを期待するとうまく行かないはずです。見合うだけのメリットはないし、お金を取ろうとするとかなり高額になるでしょう。
(※元から才能があり、勝手に成長するタイプの人なら手が掛からないですが、その場合はメンターより上の育成レベルは必要ありませんから)
もしこれが会社相手ならばコンサルタントということになるでしょうが、個人相手であれば大抵の場合難しいはずです。

 

そうなるともはや親目線のようになるしかありません。
ギブアンドテイクを忘れなければなりませんから、打算的思考のエンジニアには厳しいかもしれませんが。


もちろん人間関係的にも良好でなければなりません。「こいつに教えたくねーわ」「メリット無いし」と思ったら詰みます。

 

学習者にも強いモチベーションが必要

なぜそれを学ぶか(なぜエンジニアになろうとしてるのか)というモチベーションの部分は、他人からどうこうするのが難しい領域です。
こればっかりは学習者に依るので、そこが揺らいでいないかは最初に確認したほうが良いと思います。

 

まとめ

新人教えるのはメリットもあるけど、コスト的にバランス取れるのはせいぜいメンターまでですよ。という話をしました。
教師以上をやろうとするなら、ギブアンドテイク無しに教えられる状態でなければなりません。

 

おまけ:人を増やしチーム化するのは有り??

「これからもっと人増やして会社みたいにしたらいいんじゃないですか?」って言われたんですけど、常駐が基本のエンジニアフリーランスは群れる意味があまりないんですよね。
でもフリーランス集団には少し憧れみたいなものがあります。
一匹狼は飽きますから。

たとえばiOS, Android, Web, デザイナーといれば1個サービスをまるっと作れそうですけど、そういうのってまず仕事の流入元が必要ですよね。
たぶん仕事が流入する仕組みが先にあって、そこにギルド的に人が集まるみたいな順序だと思います。

普通に受託にしても難しいというのはこのブログで何十回も書いてきました。

みどり荘っていうコワーキングスペース教えてもらったんですが、今度行ってみようかな。渋谷だと自宅から13分。
まあこういうところ、アプリ案件は無いイメージなんですが。

 

midori.so

 

関連記事:

 

otihateten.hatenablog.com

 

有名人が政治発言するのは悪いことか?をまとめる

本件は複合問題だと思っています。
よってきちんと議論しないと話が見えてこないし、賛成か反対かでアンケートするみたいな簡単な話ではありません。ちょっとまとめたいと思います。

 

議論のテーマを分割・整理する

個人的にはここが肝です。

 

1.誰であっても自分の意見を言えるべきであるか

2.詳しくない分野について、意見を言ってもよいか

3.ある分野で影響力がある人が、それ以外の分野について意見を述べてよいか?

4.3は政治においても当てはまるか?

 

こんな感じですよね。

 

1.誰であっても自分の意見を言えるべきであるか

これは現代の民主主義国家に居る人なら大体言えるべきというでしょう
なのでここは論点ではないと思います。
しかし

 

「有名人が政治発言するのは悪いことか?」に対して誰かがNOと言ったとき、反論として「誰であっても自分の意見を言えるべきだろう」と返ってきているケースがあります。
別に反対者はここでNOと言ってるわけではないので議論は一旦破綻します。

 

2.詳しくない分野について、意見を言ってもよいか

これは概ね「言っても良い」で、一部は「言うべきではない」というのではないでしょうか。
特に年配者は「言うべきではない」というかもしれませんね。

 

ここですれ違っている場合は主義主張の不一致なので、話は平行線になるでしょう。

 

3.ある分野で影響力がある人が、それ以外の分野について意見を述べてよいか?

「有名人が」とか「芸能人が」と付いている場合、議論のコアはここだと思います。
特に現代はSNSの時代です。フォロワー数が数十万、数百万のような人がうっかり間違ったことを言って悪影響が広がるとか炎上するみたいなのはちょくちょく起きています。影響力があると、言葉にその分の責任が乗ってくるようです。

 

それ以外にも、影響力がある人が何かを批判することで「信者ファンネルを飛ばす」というのもありますよね。
特に日本人はそこらへんに敏感なようで、影響力の大きいアカウントでは適当なことを言わないように気をつけている人が多い印象です。

 

この話が難しいのは、一つが程度問題だからです。
フォロワー数が100、1000、1万、10万、100万、1000万、1億でどのように変わるのか、どのような影響が出るかというのは未だあまり知られていないのではないでしょうか?どのくらいの影響力の人が、どのくらいの責任を持っていてどのくらい注意すべきかというのは定義できません。
ただ、昨今のテレビに対する風当たりの強さを見ると、確かに何かしらのボーダーラインは存在しているように思えます(ただしこれは影響度ではなく、批判という形で顕在化します。また時代や視聴者層によってこれらはかなり変動するようです)

 

ここの問題はかなり議論があるでしょう。
ちなみに個人的にはこれはサービス・システム側の問題だと思っています。

 

4.3は政治においても当てはまるか?

上記3つの立場をお互いにクリアした状態で、ようやく話せるのがこれです。
政治というのは「全員が有権者であり当事者」という非常に特殊な条件があるため、そもそも3には当てはまらないのではないか?という主張になり、結局1,2に立ち返っていくことになります。

結局答えは出ないでしょう。これは民主主義の根幹に関わってくる問題です。そもそも選挙自体が「何人フォロワーを獲得できるか」とほとんど同義ですからね。

 

私の意見

個人的には何かの分野でフォロワーと信用を稼いだ人が、そのアカウントで政治的発言をするのはフェアじゃないとは思います。
その一方で「そんなのどのジャンルでも同じでしょ」とも思いますし、有名人が本当に国を良くしたいと考えているなら自分の持ってるもの(アカウント)を最大限使って世の中に発信していくのは間違っていないし誰にも制限できないと思います。

 

ただ、影響力がある人・サービスはそれだけ慎重にならなければならないというのは間違いないでしょう。それは最近起こったテラスハウスで皆も思ったのではないでしょうか。数は力であり、毒にも薬にもなります。

あとシステム・サービス的な面で言えば、人&トピックに対して注目度が変えられたらもっと上手いこと行きそうだけどな、と思っています。そんなの作れたらいいなー、って6年くらい考えてるんですが。
そしたらもっと有名人だって気軽に意見を言えるんじゃないでしょうかね?無理かな(有名人の場合、メディアが勝手に拡散するんですよね今は)

近況 2020/05/24

コロナ自粛から何週間経ちましたか?6週間くらい?
皆様いかがお過ごしでしょうか。


その間に私は仕事が3件終わって、新規案件を3件取りました。疲れました。
コロナの影響は確実に出ていると思います。主に採用が進んでいないのと、エージェントの営業が止まっている件。
新しく受けた仕事の1つは6人月くらいの新サービス構築案件を丸ごと受注したので、それでコロナの影響から逃げようと思います。
ベンチャーの社運が掛かってる1個のアプリを任されるって中々身が引き締まりますね。あと新規開発は楽でいいです。他人のコードを引き継がなくていい。

 

この6週間、何故か元同僚(他業種転向組)にひたすらiOSプログラミングを教えていました。
仕事しながらの片手間ですけど、平日は毎日のように家に来てそこからリモートワークしつつ、空き時間でプログラミングを勉強しています(無償)。もはや弟子。
自分の家に人が来るなんて13年ぶりくらい?なのでかなり慌てて汚部屋を掃除した結果、かなり部屋が片付きました。思わぬ副産物。
あと、久しぶりにこんなに1人の人と話したなっていうくらい会話しましたし、その人の影響でコーヒーや紅茶を飲み始めましたしJ-Waveラジオも聞き始めました。
正直かなり楽しすぎたのと、プログラミングを全部教えきれていなかったのとで、来月も続かないかな〜と色気を出して次の案件を全部リモート開発にしたのですが、その人も仕事ありますし、コロナ明けどうなるんでしょうね。
最悪年内ずっとステイホームで一人で開発です。寂しくて死ぬと思う。
(まあ仕事中に駄弁りながらやれるなんて甘えた考えですよね、今だけ特殊)

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そういえば持続化給付金の条件見ると、単月で前年比50%の月があれば100万円もらえるらしいですね。しかも2020年いっぱい?これって皆仕事休むんじゃ・・・

 

コロナになってから買ったもの

・テレビ(55インチ有機EL
・洗濯機(ドラム式)
・冷蔵庫(ちっちゃいやつ)
・カーペット
・ちゃぶ台
・クッション
・掃除機
・コップ、スプーン、フォーク

廃人が徐々に人間になりつつある。
来訪者には感謝しています。
プログラミング教えるの好きかもしれない、まあスクールは単価安いのでやりませんけど。

 

体なまり過ぎてジム行きたい。

新時代の人間関係・友人関係に対する違和感

IT技術やサービスの発達により、人間関係(特に友人)というものは非常に変化していると思います。
これは自分が年を取ったからというのもあると思いますが、それ以外にも確かに変化があるのではないかと思うのです。

 

 

人間関係はどう変化しているか

人間関係が構築されるというときには、おそらくどこかに理由があります。
仕事仲間であったり、趣味が同じであったり、近所の人であったり、学校が同じであったり、目標が同じであったり、客と店員であったり、恋人であったり。もちろんたまたまとか、腐れ縁という場合もありますが。概ね共通の話題があると思います。

昔はその理由の部分がもっと曖昧だったと思います。その理由の部分、例えばお互いの共通点や共通の話題を会話に寄って広げるということがあったでしょう。これは非常にコストが掛かる作業で、だからこそ仲良くなった人(友人など)は大切な存在でした。

 

テクノロジーでどう変わってきているか

ですが現代のテクノロジーを使えば、あらかじめそう言うのが分かった状態で会話がスタートできます。
一番分かりやすいのが趣味のオフ会です。オフ会はその話をするために集まるという会合ですから、「たまたま会った人が同じ趣味だった」ではなく「同じ趣味の人で集まる」がスタートになっています。

より顕著なのは、複数のSNSの複数のアカウントの存在です。複数アカウトを使いこなすことで、「この話をする相手はこの人達」というインターフェースが簡単に作れてしまいます。

少し分かりづらいのは、動画についたコメント機能です。これは色んな趣味の人がいるけど、とりあえず「同じ動画を見ている人たち」という括りでの人間関係(?)が再現できています。

ゲームにおいてはかなり加速しています。今では世界の見ず知らずの人と一緒にTeamsを組んでゲームを楽しむことは非常に簡単です。

恋愛においてはイメージつかないかもしれないですが、昨今のデーティングアプリ・出会い系アプリがそれにあたります。お互いに同じ目的をもってサービスを利用しているわけですから。あとベクトルが若干変わりますが、オンラインキャバやVTtuberとかもその代替物ですね。

 

もちろん昔でもそういうのはあったと思いますが、近年はそれが顕著になっています。理由は様々なテクノロジーやサービスの影響です。
私達は非常に大量の人の意見や声を日々見るようになりましたし、会話量も増えました。しかし彼らは自分のことを恐らくほとんど知らないでしょう。

 

知り合いゼロ人でも困らない・寂しくない時代

私は10年以上、かなり人間関係が希薄というか、旧友は居るものの現友はほぼ居ないみたいな状態が続いています。一日一言も喋らない日も珍しく有りません。
これはいろいろな理由がありますが、一つにはそれでも困らないというものがあります。

友人や深い人間関係というものは良い面ばかりではありません、相手の良くない面に接する機会が増えるし、相手が興味ないのに自分の趣味に付き合わせるよりなら、新たに同じ趣味の人を探すほうが理にかなってますよね。
今のテクノロジーでは「どこにいたって、人はつながっている(by lain)」ので、友人を作らずともその代替物は誰でも容易に作ることができます。

私はまだまだそれに消極的な方ですが、積極的な人はもっとそうやってコミュニケーションを取っていると思います(例えばTwitter複垢大量に持ってる人、今の90年生まれ以降はそういうイメージ)

 

ネオボッチ(ぼっちだけどぼっちではない)

このような人間関係は非常に楽で画期的です。

特に人間関係構築が面倒だと思っているタイプには非常に受け入れられている印象があります。こういう人らは孤独なはずですが、技術により孤独になっていないという不思議な状態です。「孤独」や「友人」という概念自体がアップデートされなければならないと思います。

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本当にこれでいいのか?何か嫌だ

これは画期的なんですが、何かモヤモヤしています。何故なんでしょうか。

掘り下げて考えてみると

  • 誰にも存在を知られていない・理解されていない不満
  • 単純な寂しさ
  • 存在を知られていないので誘われるというのが有り得ない点
  • 何か喋りたい、一緒に何かしたい時に誘える相手が居ない
  • 社会性が薄くなることに対する不満

ここらへんですかね?
誰も知り合いが居ないパーティーの中に一人で居るような感じがします。

 

まあ私は初対面の人にいきなり世間話を始めるくらいには無遠慮でおしゃべりなのですが、多分そうじゃない人はもっとここらへん感じているのでは?と予想しています。
趣味人でひたすら何かしていたい人は現場が最高と思ってそうですが。

 

とは言え時計の針を巻き戻すことはできない

あまりここらへん語られていないと思いますが、この新しい人間関係を構築できるサービスというのは伸びます。それは近年の傾向であり、伸びるからこれからも進化していくはずです。おそらく上記のような不満を解消しようとするサービスも出てくると思います。

だから「元に戻そう」というのは不可能です。時代の圧力に誰も逆らうことはできません。

 

解消するにはどうすればいいか

たぶん世の中は「より出会いを進化させる」という方向に行くと思います。
どうでもいい話ができないなら、どうでもいい話をする相手を見つけやすいようにするサービスを作るとか(いやもうありますけど)

ですが私は他の方向から攻めたいと前から考えています。
要は一軸で繋がっている人が多軸で繋がればいいわけです。それをどうやるのって話ですが。

 

上記のようになって居ない人もいる

念の為書くと、上記のような状況をモロに受けてる人は世の中の1/3くらいじゃないですかね?もう1/3が中途半端に影響を受けていて、残りの1/3くらいは昔と変わらずに生きてそう。

あと年代に寄ってかなり変わっている印象があります。90年代生まれはその傾向が強い印象があります(がN数が足りないから気のせいかも?)
00年代はまだ学生なのでわからないです、学校内に居ると上記は顕在化しないんですよね。