IT業界で気づいたことをこっそり書くブログ

くすぶってるアプリエンジニアが、日々気づいたことを適当に綴っていきます(受託→ベンチャー→フリー→大企業→ベンチャー→法人化(今年))

「気づいた人がやりましょう」が不幸を産む理由 価値観の差をどうするか

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これありますよね。
家庭でもそうですし、仕事でもそうで、社会でもそうです。

例えばコードをどの程度キレイにするかとか、そういうのも似ています。

どのような対策があるか、ちょっと考えてみます。

 

 

「やるべき」価値観ラインの差

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例えば、トイレットペーパーが2つ設置されているトイレがあるとします。
その片方が切れていた時、あなたは補充しますか?しませんか?

 

A「1個切れていた時に1個補充する」
B「2個切れていた時に2個補充する」

 

恐らく、このどちらかが多いのではないでしょうか?(ちなみに私はAです)
この2人が一緒に生活をしたら、トイレットペーパーの補充をするのは毎回Aさんです。
ではBさんは気づいないのでしょうか?
そんな事はないでしょう。単にやってないだけです。
では間違った行動をしているのでしょうか?
Bさんはこう言うかもしれません。

 

B「2つ同時のほうが労力は小さい。それに1個ずつだと2個ある意味がない」

 

ここで重要なのは、Bさんが正しいかではなくて、「Bさんにも理屈がある」という点です。
でも補充するのは毎回Aさんです。
Aさんはこう思うかもしれません。

 

A「毎回自分が補充している。Bは怠慢なクズだ」

 

大してBさんはこう思うかもしれません。

 

B「何で毎回補充するの? 無駄な労力をかけてるAはバカだ」

 

これだけでAさんBさんが険悪になります。
これ何がまずいんでしょうか。

 

仕事分配のミス

まずいのは、2つの価値観=ルールでそれぞれ1つの環境に対して動いているということです。
両方がシステムだと考えてみるとわかりやすいです。例えば、AとB同時に何かする時に、Aのレスポンスが早いとAばかり使うことになります。
結果Aが先に摩耗して、2つシステムが有る意味がなくなります。

 

より完璧であることが善か?

AとBを人間にすると、非常に「善悪」の話が際立つので、一旦AとBはロボットだとでも思ってください。視点はAとBの所有者です。

AがBより行動が早いことは、全体の系に対して善でしょうか?
そんな事はありません。もちろんBがAより遅いことも善ではありません。
両方が同じであるのが最善です。

もちろんトイレットペーパーは切らしてはいけないので

C「トイレットペーパーが2つ切れても補充しない」

みたいなのはまずいのですが、それ以外であれば「同じルールで動いていること」が負荷分散のためには大事です。

 

しかし人間なら同一にできない

「相手のルールを受け入れて終わり」はシステムの話で、人間の場合はこれが非常に難しいです。
価値観は安易に変えられません。

小さなゴミが落ちている社内、ラベルの向きが揃っていない陳列棚、補充されていないトイレットペーパー、8割溜まってるゴミ箱、ご飯粒の残った茶碗、箸の持ち方、挨拶の腰の角度、服装、言葉遣い、エスカレーターの乗り方、電車の乗り方。

何が正しいか話し始めると一生議論が終わらないような項目は大量に存在します。

こういったモノだけではありません。

コードのインデントの書き方、コメントの書き方、設計方法、仕事の依頼の仕方、ツールの使い方、仕事中の態度、申請書の書き方、バグをどの程度放置するか、テストをどうするか、どの程度仕様を完全に満たすか、どの程度レスポンスにこだわるか、どこまでがユーザーでどこからがモンスターか、セキュリティはどこまで気をつけるか。

と言ったものもありますし

どこまで法をグレーゾーンを突くか、どこまで社会貢献をするか、どこまで前科持ちを受け入れるか、どういう会社と付き合うか、どこまでスタッフを使い潰しても大丈夫か

みたいな部分も、話してみると価値観の差は埋まらないものです。 

 

人数が多くなるほど不幸になる確率は上がる

これらは、AさんBさんのような2者間だけでも問題になりますが
10人100人と増えていくとどんどん厳しいことになっていきます。

どの組織にも居ませんか? いつも組織全体に怒ってる人。「みんなちゃんとやって」というリーダーとか。

「気づいた人がやりましょう」だと複数のルールが存在することになり、仕事の分配がうまくいきません。

 

 一番ちゃんとやってる人に合わせるべきか?

会社の場合で考えます。

もちろん上で書いたように全員の意識を合わせれば軋轢は解決するでしょう。なので、選択肢の一つには入ってきます。
しかし代わりに全員の労力が最大値となります。

例えばこれがトイレットペーパー程度の話なら大丈夫ですが、上記のような様々な問題に対して「一番ちゃんとやる」をやって世の中で勝てるほど甘くないです。

これは日常でも起こりえます。全てちゃんとやると時間やお金や体力が足りなくなって苦しくなるでしょう。

 

やらなくて良い事はやらない、それでいいの?

上がダメなら下。
あくまで必要最低限のことだけやって、労力を掛けないようにしましょう。という考え方もあると思います。
コスパが悪いことは「できるだけやらない」という選択は、例えば会社なんかだと一つの選択肢になりそうです。
でもこれも苦しさはあります。やりたくてもできないわけですから、精神的に苦痛でしょう。

だから実際の運用では「やりたい人だけやればいい」とか「気づいた人がやりましょう」になっていくのですが、結局負荷が集中するのは変わりません。

 

解決策

似た思想の人で固まる

手っ取り早いです。
実際世の中そうなっていると思います。

とは言っても、これは大きな思想の話で、トイレットペーパーのような些末な事象には使えませんね。

 

話し合う・妥協点を見つける

どちらかに寄せれば良いわけです。
例えば、目的がはっきりできるシーンなのでは、主義主張は脇においておいて「こっちのほうが適切だね」という風に言えると思います。
(例:会社ならより良い価値ができるとか、より儲かるとか、納期に間に合わせるとか)

と言っても、まず目標が共有できていなければなりませんし、目標に対する行動が良いか悪いかも共有できていなければなりませんし、何より議論できて、妥協するべきときはできる人じゃないといけません

目標が曖昧なシーンも多いです(生活など)
そうなるともはや宗教論争と変わらないので、この手でも解決できないかもしれません。 

 

譲歩する

私の常套手段です。
自分が折れれば大体解決するなら、面倒くさいので折れます。

(その後ですっと抜けます)

まあ、逃げですね。

 

相手の意見を理解する 

譲歩する、よりも少しマシです。
譲歩するのは変わらないのですが、自分を納得させるために意見の中で同意できる部分を探します。

ただしこれらは少人数での問題にしか適用できません。
大抵の人は譲歩しないので、自分だけが折れても拗れるのは変わらないです。

 

責任者を決める、担当を決める

多対多は非常に難しいので、1対1の状況を作ります。
責任者が頑張れば、上手くまとまるでしょう。

 

担当を持ち回りにする

負荷分散を焦点にした解決方法です。

基本的に、問題を小さくすれば解決しやすいですね。

 
外注する

「気づいた人がやりましょう」というのをやめて、その仕事を専任者にやらせてしまえば解決します。

掃除系とかはこれが多いですね。

 

ルール化する 

ルールを作ることで、ヘイトが「ルール自体」「ルールを破る人」に向きます。方向を作ることで上手く動かすことは可能だと思います。

ただこのコントロールは少しテクニカルだと思います。安易に導入して却ってまずいことになるケースもあると思います。

 

善意に対して感謝を示す 

もし、タスクの労力がちょっとしたものである場合。
いつも同じ人ばかりやっている問題は気持ちの問題でしかなくなってきます。
その場合は、その人の価値観を理解し、善意に対して感謝するとある程度解決するはずです。

ポイントは「善意に」感謝するところです。

行為者は、あくまでそれが良い事だと思ってやっているわけですから、その結果に自分が満足できなくても、善意でやってくれたことに対しては感謝を示すことができるはずです。

「いつもありがとう」と言うだけでぜんぜん違うのではないでしょうか。

 

まあそれが難しいんですけどね!

 

こだわり vs 目標

世の中いろんな価値観がありますから、集団で何かをする時に偏りは必ず生まれてしまいます。
その時、その思想を飲み込むのは非常に難しいでしょうけれど、もっと大局にある目標のためにグッとこらえたり、理解を示すのは大切なのだと思います。

これは「やってる人への理解」もあれば「やらない人への理解」もです。つい感情的になってしまいますが、そういうものだと思って柔軟に動きたいですね。

 

気持ちに余裕がなくなるとそれができなくなってくるんですが・・・