IT業界で気づいたことをこっそり書くブログ

くすぶってる系アプリエンジニアが、日々気づいたことを適当に綴っていきます(受託→ベンチャー→フリー→大企業→ベンチャー→起業(仮))

サービスの「一旦仮で」の話

anond.hatelabo.jp

 

わあ、まるっきり私と同じ考えだ誰が書いたんだろう。

 

「仮」は長期化する

仕事でもよく「そのうち」「一旦」「仮で」「とりあえず」というワードをよく聞きます。というか私自身よく言います。これはどうしても本番のコストが高い時に出てきますよね。

コストというのは色々あります。お金とか、時間とか、人手とか、手間とか、心理的ハードルとか。本番のコストが高い時に、代替物として仮が登場することが多いです。

 

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もちろん、必ず無ければならない「仮」もあります(仮設住宅や、システム開発でいうと仮のサーバーなど)。しかしそれ含め程度の問題です。「本番」が大変だから一旦の「仮」があるわけです。

そう考えると、仮が予想以上に長期化するのは至極当然なのです。本番を用意するのは色々と大変なのですから。大変なものを用意するまでずっと仮が続くわけです。

 

 

「仮」は「仮」であってはいけない

「一旦」「とりあえず」「仮で」と言われると、不思議なパワーで心理的ハードルが落ちます。そしてついうっかりゴミを生成してしまいます。

でも、仮は長期化すると予めわかっていたらどうでしょうか。それはもはや仮じゃなくて、ただのバージョン1.0です(せめてβ版)。そう思って取り組んだほうが事故は少ないと思います。

また、例え自分が仮だと思ったところで、その瞬間しか使わないユーザーから見たらそれが本番です。そこで仮だとか言う言い訳は通用しないはずなんです。

なので例えば開発においても、1日1回くらいは「一旦」みたいな話が出ますが、本番運用でも問題がなく、できればユーザーにとっても良い状態を維持できるかというのを考えるべきですよね。(これは若手でも3年くらいやってれば皆気づくことですが、ベテランほど深いところまで考えてる印象があります)

 

世にあふれる「仮」サービス

じゃあ頑張って本番を作るのが正解か、と言えばどうやら違うようで、世の中には仮のサービスが溢れています。
特にゲームが顕著です。いつまで作りかけなんだ、いつ完成するんだと言ったものが多数あり、しかしそれで運用できてしまっています。

結局のところ、それが足りているか足りていないかと言うのは使う側が判断することなのだと思います。仮だと思っているのは運営側だけで、ユーザーにとってそれは本番なのでしょう。

じゃあ、何をもってそれが本番といえるのか? そのコア要素を明らかにしつつ、小さくバージョンアップするのが正解なのだと思います。作り込みすぎて提供価値ゼロになってしまっては元も子もありません。

って、まんまリーンスタートアップですし、そもそもそれが難しいんですが!!

 

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現実的な話

上記のような話は大体が理想論で、実際はうまくいきません。
なんというか、本番のコストはやはり高いです。

想像の数倍は高いです。
これ自体は私の経験則なのですが、以前リクルートの黒田さん(@i2key)も「そうは言っても初期コストは高い」的なこと言ってたので、たぶん実際にそうなんだと思っています。

ひょっとしたらサービスだけじゃなく、何だってそうなのではないでしょうか?
本番のコストがそれほど高くないならとっくにやってるでしょう!? 「仮」とか「一旦」みたいな話が出て来るって時点で、本番が相当億劫なんです。
仮設住宅も、中間貯蔵施設も、「本番」が相当きついって白状してるようなものです。

それに、上の図みたいに本番を切り分けるのも、ぶっちゃけ難しいです。世の中そんな簡単ではありません。
α版からうまく行ってるゲームなんて、きっと多くあるプロジェクトの中の一部なのでしょう。たまたまです。真似しようと思ってできるものではありません。

 

憂鬱だけど、「仮」こそ「真の姿」

まとめるとこうです

  • 仮は仮ではなく本番と思ったほうが良い
  • 仮を作ったほうが良さげ
  • 本番のコストは高くて、なかなか本番に移行できない

つまり、仮こそ本当の姿なのだ、と思うべきなのでしょう。

言い換えれば、自分たちが仮のつもりで作ったそのゴミみたいなオブジェが今の自分達の限界ラインだし、それが本物だ。つまりそれで成功しなきゃダメ。ということです。

 

書いてて辛くなってきました。もうやめます。

 

まとめ

来月こそベッド買いたい。