IT業界で気づいたことをこっそり書くブログ

何とかする系アプリエンジニア(SE)が、日々気づいたことの中で、役に立ちそうなことを綴っていきます(受託→ベンチャー→フリー→大企業、ベンチャー)

デキる人間の方法論にご用心 会議編

よくあるビジネス書や自己啓発記事で「こうするといいよ」っていう主張を見ますが

ああいうのも、自分の状況で使えるものと使えないものがありますよね

という話と、会議の話

 

今日見た一つの例

japan.cnet.com

 

そういえば某D社に訪問してきたのですが、とてもシンパシーを感じました

類友感がありました

全く関係ないですが

 

頭いい人たちの方法は、頭悪い人には通用しない

当たり前ですが。

頭がいい人は取材なんかで「こうすると上手くことが運ぶ」という発信をよくします

しかし、その方法を誰もができるとは限りません

(そのくらいなら誰でも知ってますよね)

 

勉強でも、偏差値70の人の問題の解き方は、多くの場合、偏差値30の人には実行できないはずです

理由は単純に、スキルの差でしかないです

スポーツでも同じですよね、オリンピック選手の練習を、素人が真似しても身体壊すだけです

 

たまに、誰でもできてしまうやり方を発見する天才も居ますが・・

 

同じくらい能力があっても、状況が違うと通用しなくなる

こっちが本題。

上のような記事を見た時に、言ってることが理解できてるなら、俺ならやれそうと同意するかもしれません

でも待ってください

上のような会議の話は、チームや組織での話です

 

だから、偏差値70のチームの問題の解き方は、偏差値30のチームには適用できないかもしれません

もし自分だけが理解できても、チームが理解できなければ実行できないはずです

 

チームの状況

上では分かりやすくチームの偏差値と書きましたが

正しくはチームの状況ですよね

  • 規模
  • 頭の良さ、どのくらい話せる人がいるか
  • 上下関係
  • 文化
  • 目的

etc

これらが変わってくると、その方法が適用できるか吟味が必要になります

 

エンジニアリングに喩えれば、プロジェクトにライブラリが適用できるかどうかみたいなものです

 

チームリーダーや上司こそ気をつける

こういう「デキるチームの中の、デキる人間の、チームに対する方法」みたいなものを気にするのは特にシニア層や上司、リーダーが多いと思いますが

例え自分がデキるとして、本当にチーム全員が自分と同じようにできるかどうかは考えないといけませんよね

「また何か上が言い出した」と思われます

 

しかも自分のチームの状況を知っているのは自分だけで、記事には書いていないので

方法の適用には色々考えることが必要になるはずです

 

「会議は発言するべき」の謎

会議の例で具体的に見ていきたいです

 

会議って何するものなんでしょうね

  • 議論する場
  • 契約する場(言質を取る場)
  • 情報を共有する場

この中で、全員の発言が必須になってくるのが「議論の場」のみです

他のケースはむしろ「適当なこと言ってんじゃねぇ!」と怒られそうです

 

実際には、この3つがゴチャゴチャになった会議が多いです

議論しつつ、状況を共有し、何かを決める(契約する)

 

だとすると「発言すべき」論は

  • もっと良い議論にして、何かのジャッジに寄与して欲しい
  • 情報を共有(発信)して欲しい

のどちらかだと思います

 

この主張に適した「発言すべき」ケースは

議論力のある参加者、何かいい情報を持ってる参加者

であって

情報を持ってない参加者や、議論をかき乱すだけの参加者は別に発言しなくても良いのではないでしょうか

じゃあその参加者の役割は何かといえば、情報の共有(インプット)です

それさえ無ければ参加しなくてもいいです

 

ちなみにそこまで考えてから記事を意訳すると

「会議に出るまでに情報を持ってなく、議論を良い方向に持っていけないような社員はうちには要らないよ」だと思います

でももちろん仕事は会議だけではないので

コンサル・総合商社・事業会社なんかではこのノリでしょうけど、その他だと適用外な可能性もあります

ITで喩えれば、「コーディングで1行も書かないプログラマは要らないよ」みたいなものですかね?

 

「会議は発言するべき」の暴走

すごいデキる人が集まる業界ほど、会議や議論が重要になってきます

議論という仮想空間では、100億円でも1万人でも「仮の話」にできますからコスパがいいんです

そしてそういう業界では「発言しないのはノーバリュー」が正しくなっていきます

逆に、実際に手を動かすとか、プロダクトを作るみたいな業界では、そこまで会議が重要ではないです

仮想的な議論より、成果物や実行時間が重要になります

 

しかし、どうしても世の中はデキる人たちが情報を発信してしまうので

「会議は発言するべき」が世の中に広まっています

面白いことにこれは日本だけではありません

シリコンバレー界隈からも似た意見が伝わってきます

 

「会議は発言するべき」の目的は上に書いたとおり

  • もっと良い議論にして、何かのジャッジに寄与して欲しい
  • 情報を共有(発信)して欲しい

ですが、「会議は発言するべきだが、皆発言してくれない」ために、今度は謎の目的が生成されました

  • みんな会議に参加して欲しい

本当にこれが会議の目的でしょうか。手段と目的が逆になってませんか?

って10年も前から感じていますが、世界的に見てもこの流れがあります 

 

みんな会議に参加して欲しい^^v

参加することに意義があるんです! からの暴走について

 

まずその理由が生成されました

  • きっと皆、心のなかに良いアイディアを持ってるはず
  • 問題を自分事に捉えてもらえて、生産性がアップするはず

でもほとんどの場合、アイディアは捻り出すものだし、解決手段を持たない問題意識はノーバリューです

そいうかそれが目的なら会議しなくても、やり方はいくらでもあります

リーダーが飛び回って情報を集めても、課題一覧をつくって配布してもいいはずです

(いい案が出揃ったところで会議に持って行くというのは有りですが)

 

結果どうなるかというと、人数が多く、一向に進まない終わらない会議の誕生です

 

絶対みんな会議に参加して欲しい><

「みんな会議に参加して欲しい」ではいろいろな手法も編み出されました

一人ひとりに紙を渡して書いていくとか(KPT、デザインスプリント、スクラムetc)

もちろんこの手法も、チーム全員が本当に議論ができて、アイディアも持っているチームならよく回りますが、普通は無駄のほうが多いです

 

例えば、色んな専門家が10人居るチームで、自分だけがエンジニアだとします

そこでエンジニアリングの課題について、皆に紙を渡してアイディアを書かせるとしたら、どう思うでしょうか

これはあくまで喩え話ですが、似たようなことが行われていると思います

(もちろん、全員がエンジニアなら有意義な会議になるでしょうけど、紙は必要ないですよね)

 

これらの手法を使い、人数と情報量が増えた時には更にリスクがあり

情報の取りまとめをするファシリテーターに求められるスキルが高くなってしまいます

 

以前某社で似たような手法を用いたところ

150件くらいの玉石混交のアイディアが集まってしまい、そこからまとめられる者が居なくなってしまいました

(まあ1/3くらい私のアイディアだったんですがww)

 

暴走コラボ

会議は発言するべき

みんな会議に参加して欲しい

みんな発言しない

みんなノーバリューだ!

皆(何だこの上司、うぜーなぁ)

 

重要なのは、端を発してるのがデキる人の意見だということです

彼らは何も間違ったことを言っていませんが、全てに適用できるかといえばNOです

 

昔ならトヨタがどうたら、最近ならGoogleがどうたら、ちょっと前はジョブズがどうたら

そういうのはヒントではありますが飲み込む前によく咀嚼が必要ですね

 

翻弄されない対策5つ

デキる人たちの意見に翻弄されないために

あまりオススメしませんが5つの対策です

  • 一回疑って、反論意見や、解説意見も見てみる(はてブとか)
  • 自分の力もチームも力も信頼しない、全力で疑う
  • デキる業界に転職する
  • 自分のレベルにあった、デキてる人たちの意見を探す(ブログとか)
  • 翻弄されてる人(意識高い系)には近づかない

結局どうあがいても自分で考えてみるしかないですよね

キツイ

 

※ちなみに

 チームで相談するのはいいですけど、多数決で決めても失敗すると思います

 それなら先輩に聞いたほうが早いんじゃないですかね